■旅日誌
[1990/9] 新潟・長野日帰り遠征記
(記:2000/5/15 改:2025/1/18)
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ひょんなことで18切符を1枚だけ入手しました。さて、どこに行こうか悩みましたが、ムーンライトで新潟へ出て飯山線を乗り通すことを計画してます。それにしても、これだけの長丁場を18切符1枚で乗り通すというのも根気のいる道のりだったようです。
 0日目
ルート概略
【寄ったところ、乗ったもの】※詳細はこちら
高崎線・上越線・白新線・羽越本線/ムーンライト、新潟
前振りの通りどこに行くか悩んだが、ぎっちぎちにスケジュールを組んでみたところ飯山線を乗り通すことができるようだった。正直なところ別にどこでもよかったのかもしれないが…。さて、そんなことはどうでもいいとして、珍しく仕事を早く切り上げまずは上野へ向かうことにする。その途中で会社の知り合いにひょっこり会ってしまった。悪巧みを考えてみたところで所詮こんなものである。(笑)
ところで、ムーンライトに新宿、池袋から乗ってしまうと日付がかわる前なので、ちょっとケチくさいが高崎線の途中で一旦外へ出てあらためて18切符で入場し高崎駅でムーンライトを捕まえることにしておいた。全車指定だから成せる技かな?と自己満足に浸る。そんな感じで暗く静まり返った高崎駅のホームでムーンライトを待つ。(後日談:その後、ムーンライトに乗ったときの旅日誌はこちらこちらをご覧ください。)
 1日目
ルート概略
【寄ったところ、乗ったもの】※詳細はこちら
越後線、柏崎、直江津、糸魚川、大糸線、松本、長野、飯山線、越後川口
ムーンライトに揺られ新潟へ出た。夜明けの越後平野を車窓に見ながら朝一の越後線で柏崎へ移動する。乗り換え途中に朝食を調達し、引続き信越線で直江津を目指す。時折見える日本海は澄み渡って遠くまで青々としている。トンネルが続く区間というのも、この辺の地形の厳しさを物語っている。がらんとした車内で先程買った朝食に手をつけることにした。直江津でJR西日本の車両に乗り換え、さらに日本海沿いを糸魚川へ向かう。
糸魚川から大糸線で南下する。ここからしばらくは姫川沿いを行くことになる。南小谷までの区間はJR西日本の古いキハが運用についていることで有名だが、緑濃い車窓の景色もなかなかいい。一旦白馬駅で途中下車して次の快速を待つことにした。見慣れない黄色の車両は非冷房で、大きな前照燈が妙に目立つ。窓を開け放ち高原の空気を顔に受けながら、松本までやって来た。(後日談:大糸線へ再訪したときの旅日誌はこちらをご覧ください。)
松本から長野まで篠ノ井線で移動し、ようやくお目当ての飯山線へ乗り換えることになる。戸籍上豊野までは信越線だが、長野始発のキハはちょうど高校生の下校時と重なりかなり混んでいた。飯山線は信濃川沿いに長野県の北部から新潟県の中越地方を結ぶローカル線であり、地味な存在ながらかなりの距離を行く路線だ。沿線の大半は豪雪地帯に差し掛かっているため、冬場はとても厳しい環境にある。森宮野原駅で上下交換のためしばし停車したときに「日本最高積雪地点」と大きく書かれた碑が見てとれた。(後日談:飯山線へ再訪したときの旅日誌はこちらこちらをご覧ください。)
長丁場を乗り通して終点の越後川口に到着したときは、日は西に傾きかけていた。これから途中新幹線でショートカットなどせずに、18きっぷの権利を最大限に活用し上野まで鈍行を乗り継いで行く。ちょうど運良く上越国境越えを行く筋があったので成せる技だ。越後湯沢で乗り継ぎついでに食料を調達しようと思ったが、構内のお店はどこも閉まったままだった。あまり時間に余裕がなかったので仕方なく次の列車へ乗り込む。昨晩というか今朝というかムーンライトで通ったところだが、もちろん外の景色などは見ていない。山深い森の中、路線は右に左にカーブが続き、列車は足元をきしませながら進んでいく。土地柄スキー場がたくさんあるのがよく分かる。湯檜曽のループ線を抜け、群馬側の水上まで下りてきたところで三たび乗り換えとなる。徐々に日も暮れ、新前橋で上野行きの快速に乗り換えちょっとだけ先を急ぐ。越後湯沢で食料調達にミスったのが効いたか少々空腹を感じるようになってたところ、偶然にも熊谷駅で特急の通過待ちの際に弁当を買うことができた。確かに量も質もそれ程ではなかったが、空腹は最良のご馳走という言葉が頭の中を過ぎっていた。正直言って、最後の上越線、高崎線はとても長かったが、不思議と充足感のある旅になったような気がする。