■旅日誌
[2013/9] 名残惜しくも凛として
(記:2014/1/4 改版:2021/9/19)
(記:2014/1/4 改版:2021/9/19)
今年も夏休みがいつ来るのか分からずズルズルと過ぎてしまい、いつの間やら10月の声が聞こえてきました。週末すら休めない状況でしたが、久しぶりに土日続けてぽっかり空いたので無性に遠出したくなり、狙うは来年3月で退役するANAのジャンボことB747、そしてもうひとつ来年で幕を下ろす江差線へ足を延ばしてきました。
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1日目
こうなることは何ヶ月も前から分かっていたとはいえ、周囲に巻き込まれる形で今年もまともな夏休みはやって来なかった。週末くらい"オフな日"があって欲しいものだが、要領が悪いせいかどうしても振りまわされてしまう。とはいうものの、どうにか収まってきた感も出てきたところで土日続けて時間が取れそうだったので思い切って遠出することにした。前振りの通り、ANAのボーイング747ことジャンボジェットが来年3月に完全退役することが決まり、気がつけば残りはわずか4機だけ、そのうちの1機=ピカチュウジャンボはこの9月末で引退するという。JALのジャンボは既に日本の空を離れてしまい、あと半年で日本のキャリアのジャンボはすべて姿を消すことになる。そんなわけで、いまのうちに乗っておこうと考えてみた。(余談:JALのB747で思い出すのはやはり2年前のグアムです。そのときの旅日誌はこちらをご覧ください。)
今回は運よく新千歳行きのチケットが入手できたので、北海道を目指すことになった。今日これから乗るのはNH53便、羽田を8時に出発し、新千歳までおよそ1時間のフライトになる。久々の羽田には少し早く着いてしまったが、残りわずかとなったジャンボの姿もちらほら見ることができた。そんな感じで時間をつぶし、1便前の新千歳行きにピースジェットが入っていたのを確認してから搭乗口へと向かう。遠目に見えた機材のレジ番号はJA8960、20年戦士のベテランももう間もなく引退、ところどころ剥がれた塗装がちょっと痛々しい。
午前の早い時間帯の新千歳行きとあってかなり混雑していた。ゲートオープンは定刻より5分ほど遅れ、どこへ向かうのかピカチュウジャンボの姿も見えた。NH53便はR/W34Rから北向きに離陸、東京湾上空で高度を稼ぎ一路北へと向かう。「ちょっと窓から写真いいですか?エンジン4つ付いているからジャンボですかね?」お隣の老夫婦から声を掛けられ「そうですね、もう残りわずかで来年の3月になればすべて引退しちゃうんですよ」なんて話しをしていると機長のアナウンスが入る。やはり残り少なくなったジャンボであることが紹介され、心響くコメントに思わず聞き入る。東北上空を順調に飛行し尻屋崎を過ぎると津軽海峡に差し掛かる。北海道らしい眺めが見えてくるともう間もなく新千歳へとアプローチ。天気には恵まれていたのだが、到着も定刻を過ぎてのこととなった。新千歳はおよそ1年ぶりになるだろうか?ターミナルビルからしばらくジャンボの姿を眺めておくことにしよう。
実はこの先の予定をほとんど考えていなかったが、来年の引退つながり(?)で江差線に乗れそうだったので行ってみることにした。この先、少々タイトなスケジュールにはなってしまうが、南千歳でスーパー北斗に乗り継ぎ、函館方面へ向かう。途中、長万部で積み込むカニ飯の予約を入れ、しばらくは北海道の景色を楽しむ。そういえばここらは去年も通ったところだが、ここのところのトラブル続きには、JR北海道にもきちんと対峙して欲しいものだ。噴火湾や駒ケ岳の姿を眺めてるうちに列車は函館へ到着、災害による徐行運転の影響もあって5分遅れての到着だったが、ギリギリで次のスーパー白鳥に接続をとって木古内駅まで進む。
江差線の普通列車はスーパー白鳥の到着を待ち構えるようにして木古内駅を出発した。乗り継ぎがよすぎると言ってしまえばそうなのだが、ギリギリで乗り込んだ1両編成のディーゼルカーはそれっぽい人たちで満員だった。いうまでもなく、普段からこの盛況ぶりなら廃止ということもないのだろうけど…。出来上がりつつある新幹線の高架線をくぐり木古内駅を離れると、あっという間にひと気のない景色が広がる。いわゆる街道沿いというわけでもないので、江差線の沿線は本当に何もない。ここも初めて北海道へ来たとき以来の訪問なので本当に久しぶりなのだが、しばらくはこんな殺風景だったことしか記憶にない。秘境駅が続き、峠を越えてしばらくすると日本海が見えてくる。さぁ、もう間もなく終点の江差駅に到着だ。
江差駅の先に線路はなく文字通りここはどん詰まりの場所だ。折り返しまでのしばらくの間、駅の中を見たりして過ごす。そういえばこの駅には江差線ではなくバスで来たときもあったっけ?まだ日のあるうちに折り返すこととなる。やって来た列車でそのまま木古内へ向けて戻ることにした。奥尻の島影がかすかに望めたが、そのあとはまたしばらく退屈な風景が続く。今日は木古内駅で一旦打ち切り、明日に備えることにした。
2日目
宿の車で木古内駅まで送ってもらい、ちょっと早めの函館方面の列車に乗り込む。新幹線の開業に向けて駅は着々と出来上がってる様子で、ホームには開業を待つ看板なんかも立っている。江差線はいわゆる津軽海峡線の一部として北海道側を担っていたため、木古内-江差間の廃止を免れていたが、新幹線が開業すればその理屈が通らなくなるためその部分が切り捨てられるというわけだ。新幹線の駅として木古内駅がクローズアップされるのは喜ばしいことにはだが、一方で時代の波に振り回された事実も忘れてはならない。そんなことを考えてるうちに列車は木古内駅を出発、1両きりのキハは貸切状態だった。(後日談:その後、北海道新幹線に乗る機会がありました。そのときの旅日誌はこちらをご覧ください。)
やがて列車は津軽海峡沿いを進み、貸切だった車内にも駅で止まるたびにポチポチと人は増えてきた。今日も天気はまずまずといったところで、差し込む朝日が眩しい。2日目の予定は出発直前まで全く考えていなかったが、まずフェリーで本州側に渡り、あとは陸路をつないで進めば何となく帰れることがわかったので、今日はその線で行くことにした。そんなわけで、途中七重浜駅で列車を降りて、フェリーの乗り場まで徒歩で向かう。この場所には何回か来たことがあったが、駅から歩いたのは初めてのことだ。(余談:ナッチャンReraに乗ったときの旅日誌はこちらを、ナッチャンworldに乗ったときの旅日誌はこちらをご覧ください)さぁ、ここからはしばし船旅を楽しむことにしよう。
今回は青森ではなく大間に向かうことにしている。青函航路が華やかだった時代のことは縁遠かったこともあってよく覚えてないのだが、ずいぶんと前に大間から函館を往復したことがあった。確かあのときは友人の家に泊めていただいて初めて渡道したのがこの航路だった。函館のフェリーターミナルは大型化し連絡船も代替わりししてしまったので、そんなノスタルジックな記憶をとどめるものは何ひとつ残っていない。それはそれとして津軽海峡フェリーの大函丸で大間に向けて出発する。比較的新しい船ということもあって、広々とした船内はとてもきれいで過ごしやすいかった。函館を出発してからおよそ2時間、時折外へ出てみたりしてるうちに大間へと到着した。
ここ大間からの足はバスしかなく本数もとても少ない。まぁここのフェリーは車で渡ることが基本なので、都合よく乗り継ぎができないのも諦めるしかないのだが、そこは都合いいように解釈して空いた時間を使って大間崎まで足を延ばすことにした。閑散とした漁村を想像していたが、今日は地元の駅伝大会が行われており応援のためにそこらじゅうから人が集まっている。そんな賑やか通りを歩いくこと約30分、特に迷うことなく無事に大間崎へとたどり着く。よくも悪くも大間崎は観光スポットとして整備されており、人の往来も多くお店の数もそれなりにある。大間といえばやはりマグロ、、、こんなモニュメントもすっかり景色に馴染んでしまっている。バスの時間までもう少しあるみたいだし、若干ぼったくり感はあったが、ちょうどお昼どきだったのでマグロをはり込む。
とりあえず大間のマグロも堪能できたことだし、あとはまっすぐ帰ることにしよう。むつ方面に向かうバスはそれほど遅れることもなくやって来た。集落を抜けるとやがてバスは左手に津軽海峡を見ながら進んでいく。しばらく景色のいいところが続き、大畑駅で一旦休憩が入る。ここもよく旅番組などでも紹介されるので見た感じの記憶は残っていたが、乗りつぶし以来の再訪は何だかとても懐かしく思えてくる。定刻でバスは出発、下北バスターミナルを経由して終着の下北駅へたどりついた。