■旅日誌
[2005/8] 最果ての地、北へ
(記:2005/10/10 改:2021/7/24)
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今年も夏休みが取れるかどうか分からない中、言葉が悪いですが半ばヤケクソであけぼののシングルDXの予約を入れてみたところなぜかこういうときに不思議と取れてしまい、とりあえずお出かけすることにしました。帰省ピーク期の週末にもかかわらず、券面を見ると滑り込みの11番だった模様です。ただのとんぼ返りも覚悟しましたが、その後休みが確定し折角の北紀行なので今年も北海道へ渡ることにしました。
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 0日目
ルート概略
【寄ったところ、乗ったもの】※詳細はこちら
上野、高崎線・上越線・信越本線・羽越本線・奥羽本線/あけぼの
相変わらず休みは急に決まるパターンなのだが、某駅でお盆の切符の予約受付についての告知を目にしたとき、後先考えずになぜか申し込み書を書いていた。「第二希望で別の座席取りましょうか?」とわざわざ窓口で気を利かせてくれたにもかかわらず、ダメ元という気持ちが強かったのできっぱり断ることにした。しばらくして発売当日に結果を確認すると運よくOKとのこと。まったく期待してなかっただけに、世の中こんなものかと思う。それより何より、休みが取れるかどうか分からない状況なだけに、実のところこの切符が利用できるか不安になってきた。というわけで、プラチナチケットというには大げさだが、お盆のピークと目された週末のあけぼののシングルDXの切符を手にすることになった。
寝台特急・あけぼの
その後、幸いなことに休みがもらえそうになったので大急ぎでスケジュールを立てることにする。こうなると欲も手伝い、普段の週末では行けないようなところを目指すことにする。まずはいつものようにケーブルカーの未乗箇所を確認して、一番難易度が高い竜飛の青函トンネル記念館をターゲットとしたところに端を発してあけぼのに乗ろうと思い立ったウラがある。竜飛の見学コースを利用すると函館へ抜けることになるので、さらに北海道の地図と睨めっこして目に留まったところがちほく高原鉄道だった。残念ながら廃止が濃厚となってしまったいま、一昨年乗り通したことはあったが、今回もう一度出向いてみることにした。その後、つらつらと道東を巡ってみようと考える。(後日談:残念ながら、ちほく高原鉄道は翌年の春に廃止されてしまいました。)
寝台特急・あけぼの
さて、金曜日の出発となったわけだが、実は今日から会社はお休みである。だがいつものように、残作業があったので荷物を抱えて出社してそいつらを片付けておくことにした。どっちにしろ夜行に乗るので都合がいいと言えばいいわけでもある。(余談:その考え方も何か違うと思うが…。)とはいうものの、中途半端で済ませるわけにも行かないので、そこはうまく計算しておく。やるべきことを全て終え、まず手始めに今夜の食料調達に取り掛かる。いつぞやの夏休みのように台風の中の出発ではなかったが、天気予報によると東北地方はいわゆる局地的な大雨とやらに見舞われているらしい。実際昨日も羽越線や奥羽線で遅れがあったようで、ちょっとだけ嫌な予感が頭をよぎる。そんな不安な気持ちを抱えながら上野駅へやってくると、宇都宮線の先の方で運休になっていることが分かった。今夜のお宿のあけぼのは高崎線まわりなのでとりあえずはセーフだった。
寝台特急・あけぼの
ちょっと早めに上野駅へ着いたので何となくうろうろしていると、ボンネット型の国鉄塗装の特急がホームライナーとして運用にあたっていた。妙に上野駅の風景にマッチしている。さて、上野駅の13番線といえば分かる人には分かるが、どんずまりのホームの雰囲気がこれから始まる旅の気分を大いに盛り上げてくれる。最近では夜行列車と言えど、どこも行き交う近郊列車の合間を縫って慌しく出発するパターンが多いが、あけぼのの入線時間から発車までは20分以上あり、かなり余裕がある。帰省ピーク時だけあって、ホームには大きな荷物を持った人が既に数多くいた。普段からこれだけ賑やかかどうか分からないが、逆向き推進運転でホームに入ってきた列車に向かって時折フラッシュがたかれていた。う~ん、言葉では言いあらわせない何ともいい雰囲気である。
ホームライナー鴻巣
さて、準備万端、指定された個室に入る。ちょうど隣を車掌が検札していたのでドアを開けたままやってくるのを待つ。鍵を受け取り、あらためてA個室のゆったりとした空間でくつろぐことになった。狭い、広い、の感想は個人よって違うと思うが、こじんまりと整えられた部屋は文句のつけようがない。広いベッド、一人で占有できる洗面台、ロゴ入りアメニティグッズ、高い天井に広い窓、小さいながらも専用のTV、これから十数時間過ごすには十分過ぎる。出発前の案内によると、今日は13両フル編成で既に満席とのこと。さぁ、いよいよブルートレインの旅の始まりである。
上野駅
定刻になりあけぼのは衝撃もなくするするっと上野駅を出発した。既に日もとっぷり暮れていたのでよく分からなかったが、都心も激しい雷雨に見舞われていた。上野を出るなり滝のような雨が窓を打ちつけ、外がよく見えない。おまけにピカピカ・ゴロゴロと雷も激しく、やや不安を感じる。それでも列車は構わず先へ進む。大宮を過ぎても雨、雷は止まない。この先本当に大丈夫か心配になってきたが、気にしたからってどうしようもない。そんなことを考えながら遅い晩ご飯の時間を過ごしていた。ようやく高崎あたりで落ち着きを取り戻してきたようだった。折角なのでTVのスイッチを入れてどんな映画をやっているのか見てみる。あまり面白そうなものではなかったが、結局BGMがわりにつけておくことにした。これでシャワーが利用できれば完璧なのだが、残念ながらあけぼのにはシャワー設備も自販機もない。これだけはちょっとさびしいところだった。外は暗くあまり景色が見えないのだが、何となくぼんやり過ごしていたら水上を通過するところだった。土合駅を通過したところでとりあえず横になることにしよう。部屋番号=11番は車両の一番端っこで揺れが予想できたが、まったく気になることもなく、気がつけば熟睡モードだった。(後日談:数年後に再びあけぼのに乗車する機会がありました。旅日誌はこちらをご覧ください。)
寝台特急・あけぼの
 1日目
ルート概略
【寄ったところ、乗ったもの】※詳細はこちら
あけぼの、青森、竜飛海底、津軽海峡線/白鳥、函館
寝心地も悪くなく、普段の寝不足も手伝ってすっかり熟睡してしまった。夜が明け切らないせいか、曇天のせいかよく分からないが、外はまだ薄暗い。いったん目が覚めた後は二度寝するようなこともなく、意識ははっきりしていた。ところどころ強い雨に遭うものの、列車は定刻通りに走っていた。あけぼのは鶴岡を過ぎたあたりからこまめに停車を繰り返していく。(後日談:およそ4ヵ月後のことですが、またも大きな事故がおきてしまいました。ここも通ったばかりのことだたので、ちょっとショックでした。)秋田駅では車掌の交代もあり、およそ5分停車する。食料調達に走る人が多いと聞いていたが、何となく先頭の機関車の姿が見たくなったので行ってみることにした。実はここから車内販売が乗り込んでくるのを知っていたので、そこで朝食を調達することにしていた。先頭車に近いところで係りの人があわただしく準備をしているのを見つけると、既に数人のお客さんが取り囲んでいた。お弁当には数に限りがあるので自分も並ぶことにする。上野発車のときは車内販売はないと案内されていたが、知ってる人は知ってるものである。暖かい飲み物も欲しかったのでコーヒーも一緒に買って部屋に戻ることにした。
寝台特急・あけぼの
鷹巣、大館、大鰐温泉と何となく記憶にある風景を見ながらあけぼのは北上を続ける。気がつけば目が覚めてから3時間も過ぎていたが、そんなに時間が経った実感はわかない。弘前を出ると次は終点の青森である。居心地がいいと時が流れていくのがとても早く感じる。そうこうして、青森駅には定刻での到着となった。ここでの乗り継ぎはかなり時間があるので、しばらく構内をウロウロしながら、お世話になったあけぼの号の姿を追っかけまわしていた。先頭の電機機関車はすぐに機回しされ、変わりにDLが最後尾に連結され回送されていくのをしばらく待つことになった。
寝台特急・あけぼの
そういえば青森駅はちょうど一年ぶりの訪問である。去年は期せずしてねぶた祭りを楽しむことができたが、今年の休みは一週間ずれているので、既に先週終わってしまっている。そのせいか、お盆だというのに何かひっそりしている。一旦改札の外に出て、の近くにある八甲田丸の見学に向かうことにした。実は青函連絡船に乗ったことがないので、残念ながらこれといった思い出があるわけでもないのだが、ここも一度でいいから訪れたいと思っていた場所である。今回都合よく時間ができたのでゆっくり見て回ることにした。まだ午前中ということもあってか、夏休みで賑わっているかと思いきや見学に訪れる人の姿はほんとうに数える程だった。青函連絡船にまつわる展示物などを見てまわる。甲板に出てみると津軽海峡や青森市街を見渡すことができる。気温は高く今日もとても暑いのだが、どこか晴れ晴れしてすがすがしい。中に戻り地階へ進むと古い時代の車両が展示されており、青函連絡船は鉄道との関係が深かったことを物語っている。特に特急型の車両はきれいに保存されていた。本当に誰もやってこないので一人貸切状態でしばらく近くで佇んでしまった。操舵室、制御室、巨大なエンジンルームなど、見てて飽きない。青函連絡船の歴史の重みを感じながら当時の船室の様子なども見て外へ出る。最後にあらためてその雄姿を眺めて八甲田丸を後にすることにした。
青森駅
まだ時間があるのでベイブリッジの展望室など立ち寄りながら遠回りして青森駅へと戻ってきた。ちょっと早いがこの先のことを考えてお昼を済ませておく。今日は竜飛海底駅へ寄って青函トンネルの見物に行く予定である。指定された白鳥はお昼過ぎなので、時間を合わせホームに並ぶ。特に指定は取ってなかったが、八戸からやって来た白鳥青森で多くの人を降ろし、すかさず空いた席を確保する。白鳥は津軽海峡線をさらに北へ進み青函トンネルへ入っていった。
青函連絡船・八甲田丸
ちょうど検札受けたところで、まもなく竜飛海底駅到着のアナウンスが入った。車掌の後を追うように指定された2号車の出口へ向かう。なるほど、車掌が非常コックを開けて下車することになった。ここで降り立ったのは10名ほどで、JR北海道のウィンドブレーカを着たガイドの先導で説明を受ける。わりと年配の職員は自己紹介によると北海道の関連会社の方で、今日これから見学の案内をしていただくことになる。列車が去ったあとは不気味なほど静かで、本当に何もない"別世界"である。気温は1年を通じて20℃前後、湿度はかなり高いとのこと。大きな荷物を置いて、早速トンネル見学へと移動する。トンネルというとまるで一本道であるかのように思うが、本坑、作業坑、先進導坑、斜坑など実は入り組んでいて、慣れた人でも迷うくらい複雑らしい。壁面には記念の壁画があったりするのだが、ちょっと先を見ると不気味とも思える空間が広がっていた。とぼとぼ歩きながら進み、風門をふたつくぐってから体験坑道へと進む。風門を開けると風速20メートルの風がトンネル内に吹き込み、万一火災が発生した場合に煙を押さえ込む仕組みであると聞いた。
竜飛海底駅
一般の人は記念館から入場してケーブルカーに乗って体験坑道まで降りてくるのだが、竜飛海底見学コースに参加した人は本物の青函トンネルを見学してそこからケーブルカーで記念館へと登っていくことになる。このケーブルカーも法律的には鉄道路線であり、律儀に乗りつぶしをするからには苦労しようがここまで来なければならない。早速、工事用のオレンジ色の車両に乗りこみ発車を待つ。最初はゆっくり走っていたが、そのうち速度が増してきた。チャイムを鳴り響かせながら何もない斜坑をひたすら登っていく。脇の階段は、本当の緊急事態にここを歩いて登っていくためのものだという。結構長い時間をかけて地底空間から記念館へとやってきた。いまやって来た斜坑も気圧調整のため風門で仕切らていた。
青函トンネル
先導されるまま記念館に入場し、ここで2~3時間フリータイムとなる。ガイド役の方から「どうですか、竜飛岬方面へ行くなら一緒にご案内しましょう」と言っていただいたので全員賛同してついて行くことにした。外へ出るとぱぁっと風景が広がる。こちらが日本海、ここから津軽海峡、山間は東北電力の風力発電施設になってること、少し見下ろした広い原っぱのようなところには昔工事関係者の宿泊施設が団地のように立っていたこと、そして近くには学校があったこと、丘の上には殉職者の記念碑が立っていることなど、丁寧に案内していただいた。あじさいが咲き揃う中、丘の小道を抜けて広い通りへ出る。通り脇の津軽海峡冬景色の歌碑を横に見た先が階段国道である。この歌碑の赤いボタンを押すと流れる歌はなぜ2番なのか、その理由は"竜飛岬"が出てくるのが2番だから…と意外にも単純な話を聞く。そうして階段国道のところで一旦解散となった。坂を上れば灯台階段を下りていけば何もないけど港へ出ることになる。
青函トンネル記念館・ケーブルカー
ここでわざわざ解説する必要もないと思うが、全国でも唯一車が通れない国道として有名な場所である。現地を確認しないまま国道に指定してしまったのが事の発端らしいが、逆にそれが話題となって今ではすっかり有名な観光スポットになっている。現に階段国道と大きく看板も出てるし、階段途中の「国道339号」という看板もまるで記念写真の撮影ポイントのようで、まさに"確信犯"である。折角なので階段を下りてみることにした。足元もきれいに整備されていて、見物目当ての人ともすれ違う。やがて人家の軒下のような感じになり、これだけよそ者にウロウロされたら地元の人もいい迷惑かもしれない。本来の役割を果たす道路は別にあって車が不便することはないのだが、やはり「国道」というにはおかしな構造になっていた。すぐさま来た道を引き返し今度は階段を登っていく。思ったよりもきつかったようで最後は息が上がってしまった。
竜飛岬
ここで引き返してもいいのだが、折角なので灯台へ行ってみることにした。またも上り坂だが、人の流れがそちらに向かっているので、後をついてく。海上保安庁管轄の灯台は普段立ち入れないものの、期間限定で見学が可能ということで中に入ってみることにした。入り口では記念撮影用に制服を貸し出してくれる"サービス"までやっていた。狭い階段を登って出た先はまさに360度の大パノラマが広がっていた。いやぁ、これはとても気持ちがいい。一年を通じて風が強い場所だと聞くが、今日はまったく穏やかで、遠くの風力発電の羽もピクリともせず何か暇そうにしていた。時間が過ぎていくのがとても早く、長居ができなくて残念だが、集合時間に遅れるわけにもいかないので、このまま記念館へ引き返すことにした。
階段国道
記念館の周りにも工事で使った機材などがいくつか展示されている。そのほかにも、実は地下に防火用の貯水槽があることなど興味深い話もたくさん聞けた。もし海底駅を使わないなら三厩からバスを利用することになっただろうか。この記念館は冬季閉鎖となる。もちろん冬の時期は人を寄せつけないほど気候は厳しく、実際に工事を行っていたときのことを考えると本当に大変なことだったと思う。気がつけば青函トンネルも開業してからもう十数年経ったことになる。開業当初は客車の快速列車が日に何本も運行されていたが、いまはすべて電車特急となりすっかり様子が変わってしまった。さらには北海道側でも新幹線の工事が着手され、ここを新幹線が通過することになればもっと雰囲気が変わるかもしれない。記念館の展示物はどれも興味深く、いまさらながら社会勉強になったような気がした。最後に工事の様子を綴った映像を見学して、集合場所へと戻ることにした。今日の締めにツアーガイドの方から話をいくつか聞いて再びケーブルカーに乗ってホームへ下り立つことになった。列車を待つ間、最後にもう一度本坑の様子を見させてもらった。正式には、ここはではなく「定点」といって防災上義務付けられた設備であるという。折角なのでこうしてツアーを組んで見学できる仕組みになっていることなども聞いた。滅多にできない貴重な経験をさせてもらった気がする。前にも書いたが、竜飛の見学コースは通年実施ではなく、青森函館函館青森が日に1回しかないのでとてもチャンスが少ないが、ぜひお勧めしたいところである。
竜飛岬灯台 トンネル工事の使用機材
帰りの足に指定された列車に乗り込み函館へ向かう。長時間とても親切に案内していただいた担当の方にお礼を言って、同じように非常コックで明けられたドアから乗り込む。指定を取ってなかったので立ちっぱなしも覚悟していたが、運よく空いてる席があったので着席する。先程のツアーで聞いたことを確かめるためにトンネルの中を凝視していると、緑色と青色の灯りが一瞬見えた。そこが青函トンネルの最底部である。こうして暗闇の中を列車が滑るように走ってるのも不思議が気する。そんなこんなで外へ出たところはもう北海道である。去年トワイライトエクスプレスのトラブルで乗り継いだとき以来だが、函館駅はすっかりきれいになっていた。とりあえず今夜は函館で一泊することにしていた。さて、早速うまいものでも探しに行こうか。
白鳥
 2日目
ルート概略
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函館、吉野海底、津軽海峡線/スーパー白鳥、スーパー北斗
昨晩とまった宿は、朝食の代わりに朝市の中にあるお店で食事ができるようになっていた。贅沢に函館の朝市での朝食も久しぶりだ。夏の盛りにこんなにカニがいていいのかよく分からないが、活気があってこうしてぷらぷら歩いているだけでも楽しい。実は事前にどうするか迷ったのだが、折角なので昨日に引き続き今日は吉岡海底駅へ行くことにした。さすがにドラえもん列車によるツアーは遠慮したが、函館から往復する午前中の予約をとっていた。行きはスーパー白鳥で向かうことになる。隣のスーパー北斗とのツーショットもなかなか乙なものである。
スーパー北斗・スーパー白鳥
1時間ほどして吉岡海底駅に到着する。昨日と同様、非常コックで開けられた2号車のドアからホームへ降りる。竜飛に比べるとこちらの方が設定回数も多く来やすいこともあり、ツアーの団体さんも一緒に降りることになった。どうやら夏休みということでドラえもん海底ワールドがお目当てらしい。見学時間も1時間とちょっとのためドラえもん海底ワールドまで回るとあっという間に時間切れになってしまい、トンネル見学をメインにするか、ドラえもん…をメインにするか最初に決めておいて欲しいことだった。というわけで、ガキどもの団体はさっさとドラえもん…の方へ向かっていた。残されたトンネル見学コースも昨日の竜飛と同じように説明を受ける。定点という意味や複雑なトンネルの構造などは一度聞いているので、"復習"のような感じだ。ただこちらの方がイベント性が高いようで、本格的に社会科見学したければ竜飛へ行くといいでしょう、と説明の中でも本音が話されていた。
吉岡海底駅
昨日と同様、JR北海道のジャンパーを着た方の先導で説明を受けることになる。途中、ゴーっと低い音が鳴り響く。列車は頻繁に行き来しているようだ。途中でドラえもん海底列車コースの団体とすれ違ったが、あちらはかなりの大人数だった。コースからちょっと外れたところに目を向けると、本当に不気味なくらい何もない。サーっと霧がかかったと思ったら、そちらの空気は外に近いので夏場の暑い時期はそんなこともあると聞いた。最後になって、記念にトイレに入っておきましょう、ということになり、話のついで寄ってみることにした。水を流すことができないので、手洗いができないこと、いわゆる普通の水洗ではなく泡状のものがじわっと出てきてゆっくり流されることなど、ちょっと興味深い話でもあった。最後の5分ほどドラえもん海底ワールドをざっと見ておく時間があったが、やっぱり1時間で全部を見るのは無理なようだ。もともと新幹線のメンテナンス用に準備されたスペースと聞いたが、来るべきときが来るまでの間、とりあえずこんなことをやってるらしい。ドラえもん…自体に強い興味を引かれるか?と言われても答えに困ってしまうが、ただ時間だけは慌しく追い回され、気がつけば土産物を物色するのを忘れてしまった。やはりトンネルのことを詳しく見学したいなら、竜飛の方がbetterなようだ。
青函トンネル・吉岡海底駅
函館に戻る列車は、別の見学コースの往路にもなっていたため、狭い通路は人で一時的にあふれ返っていた。それでもこんどの白鳥はかなり混雑しており、自由席は立ってる人で余ったスペースを探すのにやっとだった。とりあえず1時間くらいのことなので、立ったまま我慢することにした。ここへ来て帰省ラッシュのピークであることを身をもって知ることになった。(後日談:新幹線の工事の進捗に伴い、吉岡海底駅の見学は終了となりました。そして北海道新幹線に乗ることができたのは10年以上経ってのことでした。そのときの旅日誌はこちらをご覧ください。)
ドラえもん海底ワールド
実は今日このあとどうするか決めかねていたのだが、とりあえずスーパー北斗で適当に行けそうなところまで行ってただ戻ってくることにした。芸がないと言ってしまえばそれまでだが…。まずは弁当を買い込み"車窓"をおかずに楽しむことを考える。12時ちょい過ぎなのでお気楽ランチの時間にはばっちりだ。ただちょっと心配なのは、天気があまりよくなく、いつザーッと来ても不思議ではない空模様だ。さっきの白鳥の混みようからしてどうなるものかと思ったが、こちらはそれほど混雑はしていない。七飯からの勾配を登り切り、大沼公園を見ながら先へ進む。(後日談:大沼公園へ再訪したときの様子はこちらの旅日誌をご覧ください。)残念なことに駒ケ岳の雄姿が望めない。森を過ぎたあたりで内浦湾がせまってくる。つい先程まで海底トンネルにいたのがウソのようだ。しばらくボーっとしながら過ごし、洞爺駅で一旦スーパー北斗を降りることにした。洞爺駅といっても駅の近辺に何があると言うわけではない。後続の普通列車に乗り換え、わずかばかりだがローカル気分を味わうことにした。
スーパー北斗
数駅行って、伊達紋別駅で引き返すことにする。この駅も市街地から離れているので近くにはほとんど何もない。DEに引かれた下りの貨物列車が到着し、これからやって来る特急と交換するようだ。運転手が降りてきて駅の外まで行って缶コーヒーを買っている。何とものんびりした様子だ。今晩は伊達紋別駅の東側で路線の大きな切り替えが予定されており、既にこの時間でも大勢の作業員が何やらやっていた。駅構内には列車の運休や夜行列車の通過時間の変更が案内されていた。上りホームに出て特急の到着を待つことにする。やがて、切り替え前の湾曲した路線を通って北斗が入ってきた。(後日談:伊達紋別へ再訪したときの様子はこちらの旅日誌をご覧ください。)
函館本線・貨物列車
ぽつりぽつりとしか人が座ってない。先程の下りにまして車内は寂しかった。スーパー北斗と比較すると、やはり足回の違いを感じてしまう。それでも長万部から積み込んだカニ飯をお目当てに予約を入れてる姿もあり、腹もすいてないのになぜか口にしたい衝動に駆られてしまう。それはそうと、何もない車窓を本当に何もしないでただ眺めてるという、これ以上ない贅沢な時間を過ごすことになった。復路でもまだ天気は好転せず、結局駒ケ岳の優美な姿を眺めることはできなかった。
北斗
特に脈略もなく五稜郭駅北斗を降りることにした。ここでしか見ることのできないELもまた珍しく見える。駅名は五稜郭といってるが、本当の五稜郭はかなり離れた場所にある。それを知ってての途中下車だった。駅前通りをしばらく進むものの、寂しい町並みだけがただ続く。雨が降ってこないか心配しながら、さらに先へ向かうことにした。どれほどの距離を歩いただろうか、やがて五稜郭タワーが見えてくると、公園の外堀が姿を現した。ちょこっとだけ中を通ってみることにする。ここに来るまで五稜郭タワーが建て直されることを知らなかった。最後の記念にタワーに登るか、次回新しいタワーが出来てから登るか迷ったが、とりあえず今日はパスにしておく。とうとう雨がぱらつきだしたので近くの電停に駆け込み、市電で今日の宿まで行くことにした。う~ん、残念ながら雨足は強くなるばかりで、外を歩くには傘が必要になってきた。もういい時間になってきたので、今日はおとなしくしておこう。もっとも、函館観光するなら北斗で無駄な往復などせず、時間を有効に使っておくはずだが…。(後日談:新しい五稜郭タワーへ再訪したときの様子はこちらの旅日誌をご覧ください。)
五稜郭
 3日目
ルート概略
【寄ったところ、乗ったもの】※詳細はこちら
函館空港、エアトランセ、とかち帯広空港、ふるさと銀河線、北見、網走
昨日と同様、朝食は朝市での食事がプランされていたので指定されたお店に出向くことにする。相変わらず賑やかだ。まわりを見回すと、これでもかと朝から張り切ってる人が多いことに気がつく。朝食を終えて函館駅へと移動し、今日はここからバスで函館空港へ向かうことになる。次の目的地である帯広まではタイミングよく空路移動できることを確認していた。実は最近知ったのだが、北海道でのコミュータ便を飛ばすベンチャー航空会社がこの春営業を開始していて、たまたま今回の行程に組み入れる結果となった。
エアトランセ
エアトランセという聞きなれない会社名からググってみると、いろいろと面白い話が出てきた。飛行機が飛ばない航空会社だと揶揄された時期もあったが、どうにか営業開始まで漕ぎつけたらしい。といっても営業的には苦戦を強いられてるようなことも聞こえてくる。唯一の使用機材である18人乗りのビーチクラフト機もなかなか体験できないチャンスだと思い、折角なので乗っておくことにしていた。(後日談:その後2号機が就航しました。黄色のカラーリングが印象的でしたが、、、)だが、函館帯広で25000円というのは、ちょっとお高いようである。もちろん陸路を行けば数時間はくだらないので、お金で時間を買うということだろうか。対価価値というのも人それぞれなので、そこはつべこべ言っても仕方あるまい。そんな能書きはいいとして、函館駅からの連絡バスで函館空港へとやってきた。
エアトランセ
函館空港小ぎれいな空港だった。一旦外に出てみると丘珠行きが先に飛び立っていくところだった。搭乗手続きを済ませるために窓口へ向かう。エアトランセのカウンターは遠慮がちに隅っこの方にあった。荷物検査もお隣さんの機械を借りて行っている。手続きはほとんどマニュアル作業で行われ、どこぞでうわさを耳にした体重記入をしてから、手書きの搭乗券を受け取った。セキュリティチェックを受けたあとしばらくして搭乗口付近で機内説明を受けることになる。モニターを引っ張り出してきてビデオを見るのだが、これも社長自演の"人形劇"ビデオである。近くにいた小さな女の子が近寄ってきて強い興味を示していた。多分内容は理解できてないと思うが、その姿はまるでトトロに出てくるメイちゃんのようで何とも愛くるしい光景だった。
幸福駅
時間になって係りの人の先導で移動する。今日の乗客は8名であることがここで分かった。階段を下りて建物の外へ出る。地面から小さな機体に乗り込む。機内は薄暗く、天井は頭がつかえそうだ。赤い革張りのシートに腰をおろすと、意外と圧迫感は感じられない。プロペラが起動し、すぐに出発となった。そんなに高いところを飛ぶわけではないので、地上の景色がよく見えるはずだ。座席の前にあった説明書きを見ながら下を眺めるのだが天気があまりよくなく雲に遮られてしまっている。ちょうど札幌上空で雲が途切れ、整然とした町並みがはっきりと見て取れた。丘珠空港の上空で旋回し、進路を東の方向へ向ける。残念ながらこの先も雲は立ちこめ、とかち帯広空港に着陸する直前まで、地表の様子はよく分からなかった。おまけに低い雲を抜けるときの揺れは大きく、小さな機体であることがよく分かった。やがて穀倉地帯の上空を旋回して着陸することになった。
幸福駅
とかち帯広空港もきれいな空港だった。空路函館からはあっという間だったが、帯広市街へ向かうバスは東京や大阪からの便に接続タイミングを合わせてあるため実はここで足止めとなる。もちろんタクシーやレンタカーという選択肢はあるものの、かなりの値段を必要とするため正直これは遠慮してしまう。折角時間が節約できたのに、ここで身動きが取りづらくなるのは何とも皮肉なことだった。この接続タイミングはどうにか改善できないものだろうか?(後日談:その後フライトスケジュールの見直しがあって、函館→千歳→帯広や女満別という経路が開設されたましたが、業績不振は回復せず定期運航から完全撤退してしまいました。)このまま空港でボーっとしてても面白くないので、とりあえず幸福駅にでも行ってみることにした。
帯広駅
広大な畑の中、タクシーは猛スピードで飛ばしていく。ちょっと待てよ、北海道ではこのペースが普通なのかぁ??幸福駅へは前にも来たことがあったので、正直なところ新鮮味にやや欠ける。おまけに、夏休みシーズン真っ只中ということもあり多くの人でざわついていた。以前来たときは、車両の塗装はもっと赤みを帯びていたように思う。台風一過の青空とのコントラストがあまりにも素晴らしかったせいか、今日のような曇天は何だか冴えない。それと幸福駅の駅標が新しいものに替わっていた。写真うつりはよさそうだが、前の錆付いた方がなんだか雰囲気があったかもしれない。何だか文句ばかりになってしまったが、素晴らしい場所であることには変わらない。一時間ほどいただろうか、広尾からやってくるバスを捕まえて帯広駅へと向かうことにした。そういえば去年の夏もこのルートだったか…。
おおぞら
帯広駅へ着いたところでちょうど正午になっていた。ここへ来たからには豚丼を食べないわけにはいかない…と、心に決めていたので行列覚悟で駅すぐ近くのあのお気に入りのお店へ向かう。案の定20人程並んではいたが、予定してるスケジュールを考えるとちょうどいい時間つぶしになる。ところでここへやって来るのは通算何度目になるだろうか。待ってる人の会話も豚丼の話でもちっきりである。意外と回転は速かったようで、1時間もしないでお店の中に入ることができた。お店の人も慌しく動き回っている。早速注文をして、丼が出てくるのをまだかまだかと待つことになった。周囲の幸せそうな顔は、はやる気持ちをさらにせかすようだった。
ふるさと銀河線
並んでる途中に雨がパラついてきたが、そう大きく崩れることはなかった。今回は青函トンネルへ寄ることがメインであったが、折角の渡道なので後半で道東を回ることにしていた。今日はその間の"つなぎ"ではあるものの、午前中のビーチクラフト機に加えてふるさと銀河線の乗り通しを組み合わせていた。残念なことにふるさと銀河線の廃止が決定されてしまったため、不本意ながらこれが最後の乗車となる確率は相当高い。前回は北見から池田へ抜けたので、今回は逆をたどることにする。ちょうどタイミングよく帯広からの直通列車があるので、長丁場だがこれを利用してみる。ちょっと早いがホームに上がっておくと、隣から特急列車が発車するところだった。やがてJRのキハと併結された車両が入ってきた。松本零士氏によるペイント車両なので遠目にもよく分かる。この編成のまま池田まで行って、ふるさと銀河線へは一番後ろの車両が先を行くことになる。まだ早いと思ったが、席はあっという間に埋まってしまった。
ふるさと銀河線
池田へ到着するとすぐにJRの車両の切り離しにかかる。客を乗せたまま一旦ホームを離れ、数十メートル進んだところからふるさと銀河線のホームへ入線し、待機していた別の車両と連結することになる。都合2両となって快速銀河号は北見を目指す。夏休みシーズンだからだろうか、帯広からの満員の人はほとんど降りることなくそのまま先を目指すようだ。池田で待機していたもう1両も満員である。家族連れあり、北海道らしい長旅の集団あり、どこぞの高校生の遠征集団あり、車内はとても賑やかだった。普段からこれだけ乗車率があれば…なんて考えてしまうのも何とも寂しい気がする。
ふるさと銀河線
快速列車なので通過してしまう駅も少なくないのだが、板張りの寂しい駅や秘境度の高い場所を列車は過ぎていく。日本でも人口密度が低い場所であることは言うまでもない。それでも途中で乗り降りはあるものの、やはり廃止のニュースが流れたせいもあるだろうか、目につくのはそういった目的で訪問してきてると思われる人ばかりである。まぁ人のことは言えないが、ぼーっとしてるうちに終着の北見駅へと列車は到着することになった。本当はもっと北海道らしい冬の時期に来るべきだと思うが、いろいろあってそれはかないそうにない。名残惜しいが、これでふるさと銀河線を後にする。(後日談:残念ながらふるさと銀河線も、翌年の春に廃止となってしまいました。)
ふるさと銀河線
タイミングよく石北線の普通列車に乗り継ぎ、今日はこのまま網走まで行く予定である。天気がよくないせいもあるが、そろそろ暮れかかる時間だった。以前、西女満別からやってきたのと逆ルートになるのだが、デュアル・モード・ビークルのテスト運用を考えているのは確かこのあたりではなかっただろうか。少々気になるところでもある。暮れ行く網走湖を左に見ながら網走駅へ到着したときは、夜のとばりがもうそこまでやって来ていた。(後日談:石北線から網走へ再訪したときの旅日誌はこちらをご覧ください。)
ふるさと銀河線
 4日目
ルート概略
【寄ったところ、乗ったもの】※詳細はこちら
網走、阿寒バス、美幌峠・屈斜路湖、硫黄山、摩周湖、阿寒湖
当初の予定では、今日は網走を発って知床へ向かうつもりだったが、帰りの飛行機の都合もあって一日ずらすことにしていた。前々から道東には行きたいと考えてた場所が多くあり、一日余計に日程が取れたとなればそれら行ってみない手はない。最初はレンタカーの予約を考えていたが、素直に日程が決まらなかったこともあり少々困ってたところ定期観光コースのバスがあることに気がついた。わずらわしい予約も不要だし、のんびりバスに揺られるのも悪くない。もちろん自分で運転するのに比べれば制約は受けるだろうが、調べてみるとうまくツボを押さえてくれている。定期観光バスは網走発着で丸一日かけて美幌峠屈斜路湖硫黄山摩周湖阿寒湖と一巡してくる。途中で乗り降りするよことも可能とある。こいつは渡りに舟だ。
美幌峠
今朝はゆっくり始動し、網走駅横のバス乗り場へと向かう。雰囲気的に定期観光バスを待っていると思われる人が既に10名ほどいた。9時半過ぎに目的のバスがやってきた。大型の観光バスで、ゆったりとしていられる。網走湖畔を通り、まずは女満別空港に立ち寄る。広大で緩やかな地形は北海道らしい風景だ。ひまわりが咲き誇る脇を通り、空港のバス停で一人だけお客さんを拾う。ひとりとぼとぼと西女満別駅へ歩いて向かったことを思いだす。国道に戻り次に寄る場所は美幌駅である。ここで一旦停車となる、バス会社の方が料金を集めにやって来た。ガイドさんは乗ってないが、テープによる案内があるので沿線の様子を知るに不便は感じない。
美幌峠
この定期観光バスはいくつかのビューポイントで休憩時間が設けられており、観光を楽しむことができるようにスケジュールが組まれている。まず最初に寄ったのは美幌峠である。運転手から発車時間を告げられて早速展望台の方へと向かう。昨日まではあまり天気がよくなかったが、今日は青空が広がっていた。おかげで素晴らしい眺めである。屈斜路湖から先も遠く見渡せ、とても気持ちがいい。近くにいた人は、何十年も前に来たがこんなに素晴らしい景色だったなんて記憶はないな…などと言っていた。いやぁ、本当に絶景である。
屈斜路湖・砂湯
休憩所の売店でお菓子とお茶を買い、バスに乗り込む。九十九折りの道はさらに続き、湖畔の停留所をいくつか経由して砂湯へとやってきた。シーズン真っ只中のようで、駐車場も車でいっぱいである。砂浜も多く人で賑わっている。物静かな湖畔の光景といった面持ちはまったくない。ここ砂湯は、砂のところを掘り進むと温泉が沸いて出てくる場所で、実際あちこちで砂を掘っていた。最初から足湯として準備されてるところもある。あまりゆっくりする雰囲気ではなかったので、さっさと引き上げることにしよう。バスは屈斜路湖をあとにして川湯方面へと向かう。
定期観光バス・くろゆり号
高原の道路を進むと、先の方に異様な光景が見えてきた。川湯温泉へ出る手前でバスは硫黄山に立ち寄る。山肌硫黄の黄色でただれ、あらあらしい風貌をさらけ出している。バスを降りると硫黄の臭いが鼻をつく。ちょっと長めの休憩で軽食をとることもできるが、軽く食料を調達しておいて、先の山肌がよく見える方へ向かうことにした。途中、調子のいい掛け声で温泉たまごを売っている。なだらかな坂をしばらく進み、やがて足元がごつごつしてくると、ところどころ立ち上る湯気の熱気でむんむんする。硫黄の臭いも強くなってきた。人を寄せ付けないような光景が目の前に広がるが、ふと振り返ると広大な緑の山々が連なっている。自然の物凄さをあらためて知らされた感じである。もう一度売店に戻り中をのぞいたあと、バスの近くをぷらぷらしたり、運転手さんと軽く言葉を交わして時間をつぶすことになった。
硫黄山
バスは川湯温泉を通過し、釧網線と交差して次の目的地である摩周湖へと向かう。ただボーっと車窓を眺めているだけなのに、意外と時間が過ぎていくのが早く感じる。再び山の中の道を抜け摩周湖へとやって来た。早速展望台へと足を運ぶ。ぱぁっと広がった風景にあらためて息を飲む。摩周湖はいうまでもなく屈指の眺望地であるが、怪しいまでも青々とした湖面は何と表現していいのか言葉にならない。静かにたたずんだ風景にただただ見入るだけだった。いやぁ、毎度ながらの決まり文句だが、本当に来てよかったと思う。摩周湖は、よく言われるように一日の中でも天気がめまぐるしく変わるところだが、今日はとても穏やかだった。まさに神秘という言葉がぴったりの場所であった。
摩周湖
次にバスは摩周駅を経由して今日の最終目的地である阿寒湖へと向かう。ここまで、それぞれの場所での休憩時間は20~40分ほどだったが、最後の阿寒湖畔では2時間ほど時間がある。遊覧船に乗って、の中にあるまりもセンターを周遊してくるとちょうどうまい具合になっている。阿寒湖バスセンターから湖畔に通じる道を抜け、遊覧船乗り場へと向かうことにする。早速チケットを買って次のに乗り込む。穏やかな湖面をゆったりとは進んでいく。まりもは見た目だけでなく生態も分かってないことが多くとても不思議な生物だという。湖の中でも一部分にしか生息していないが、湖の中の島に施設が作られていて一般の人は見学できるようになっている。辺境ともいえるこんな地で観光できるのも何だか不思議な気分だった。
摩周湖
再びに乗って湖畔へと戻ることにする。遠くの山々の景色を眺めながら、こんなにのんびりとした時間を過ごすのも悪くない。バスの発車時間までもう少しあるので、近くのアイヌコタンまで足を延ばしてみることにした。コタンというのアイヌの言葉で集落を意味し、アイヌの人たちが伝統的なスタイルで生活をしている場所である。実際のところ、かなり観光を意識しての演出のように見受けられたが、少しはアイヌの人の生活ぶりを垣間見ることができる。といっても、時間があまりあるわけではないので、お土産屋さんをのぞき込む程度なのだが。そうこうしているうちに、バスの発車時間が近くなったので、来た道を再び歩いて戻ることにした。
阿寒湖
丸一日かけての観光を終え、網走に向かう帰路に着く。とはいうものの、所要時間はあと2時間。もう少しバスに揺られていくことになる。徐々に暮れかけてきた中、山間の道を降りきると、牧歌的な風景へと変わる。最後は朝とは逆の順番で美幌駅、女満別空港と寄ってから網走駅へと戻ることになる。網走駅へ到着したときは、もうすっかり夜になっていた。最後に運転手さんにお礼を言って別れることにする。近くのコンビニへ買い物に寄った後、たまたま横をバスが通りかかり運転手さんと目が合い、お互い軽く会釈をした。人当たりのよいとてもいい方だったので、ちょっと名残惜しい気がしてきた。この定期観光バスは、ぜひお勧めしたいコースである。
阿寒湖
  5日目
ルート概略
【寄ったところ、乗ったもの】※詳細はこちら
知床斜里、ウトロ、知床峠、知床大橋、カムイワッカ、知床五湖、知床自然センター、オシンコシンの滝
さて、いよいよ今日は知床へ向かうことになる。世界遺産に指定されたこととはまったく関係なく(それはそれでおめでたいですが)、実はかなり昔から訪れたかった場所であり、今回は念願かなっての訪問であった。一番の心配事は空模様だが、昨日に続いて概していい天気である。今朝は早めに起きて、網走から知床斜里へ移動する。朝一の特急オホーツクを見送ったあと、釧路方面へ向かう普通列車に乗り込む。網走駅を出たあとしばらくすると、左側の車窓にオホーツク海が見えてくる。見えてくるというより、大海原のパノラマが広がる。この風景を目にするのは二度目になるが、どことなく日本ではないような風景に思えてならない。一方の右側も原生林が広がり、今日は原生花園駅へも臨時停車していた。網走を出てしまうと釧網線も典型的なローカル線になってしまうのだが、今日のこの列車は大きな荷物を持った人などで満員だった。やがて知床斜里駅へ到着すると、乗客の入れ替えとなった。
知床富士
知床斜里からはバスに乗り換えて先へ進む。駅前のバスターミナルにある窓口で乗車券を買い、最新の時刻表を手元に押さえておく。同じルートでウトロ方面へ向かう人は意外と多いようだ。大型のバスの座席はそこそこ埋まっていた。街中を抜けると、あとは海沿いの道をずっと行くだけだ。ここからもしばらくはオホーツク海を眺めて過ごすことになる。オシンコシンの滝を通り過ぎるとやがてウトロ温泉街へと入ってくる。バスターミナルでバスを降りて、今日の第一の目的である観光船の乗り場を探すことにした。港に通じる道は、小型クルーザのお店などが立ち並び、ちょっと賑やかな感じにである。数十メートル行った先に観光船の看板を見つけたが、何か様子が変である。妙だな、嫌な予感がするぞ…。
知床峠
予感的中。シケのため昨日から欠航続きらしい。楽しみにしていた知床岬航路は一日一便なので今日はもう乗ることができない。それどころか、明日は知床を発たなければならないので、今回は諦めざるを得ない。う~ん、残念。知床岬の先端へは陸路向かうことができないのだが、に乗って3時間45分かけて往復し、海からの景色を楽しむことになる。それより短い時間で知床大橋付近まで行って戻ってくる硫黄山航路も一日数便あるのだがこちらも欠航が続いており、午後は様子見らしい。ただ、この調子だと期待薄だ。ちなみに観光船が出ないということは、他のクルーザーも欠航とみて間違えない。天気はいいのだが海が荒れているということで、仕方がないと言えば仕方ないのだが、何かぽか~んとしてしまった。
プユニ岬
天気を恨んだところでこればかりはどうしようもないので、気を取り直して今日どうするかを考えることにした。まずは"足"がないので、バス乗り場へ戻ってみる。夏休みの観光シーズンなので、シャトルバスが頻繁に出ており、とりあえずこの先にあるところをひとつひとつ見てまわることにしよう。その前に、当初予定してなかった知床峠へも行けそうである。ちょうどいいタイミングで知床峠を往復する定期観光コースがあるので、まずはこいつに乗ることにした。観光船の欠航が最初から分かっていれば知床斜里からこいつに乗ってオシンコシンの滝に立ち寄ることができたのだが、まぁそれは後にしよう。
知床大橋
定期観光バスはふれあい号と名づけられて、地元系のガイドさんが乗車していた。初々しさの残る若いガイドさんはどことなく素人っぽく、それはそれで楽しませてくれた。ウトロを出るとしばらく登りが続き、車窓にはオホーツク海のパノラマが広がる。自然センターの近くの分かれ道を右に曲がり知床峠へと向かう。バスは山の中を進み、知床半島を縦断するこの道路の意味などをここで知ることになった。やがて知床峠へと到着し、バスを降りてしばらく休憩となる。と、こここで知床富士の容姿が見えるはずなのだが、残念ながらガスがかかってよく見えない。休憩時間もそんなにあるわけではないので諦めかけてたところ、最後にちょこっとだけ姿を見せてくれた。ガスに阻まれて何も見えないよりはまだいい。少々名残惜しいが、バスに戻って次の目的地へ向かう。
カムイワッカ湯の滝
ガイドさんはひとりひとりまわってこの先どう回ればいいかなど、丁寧に案内していた。バスは再び自然センターへ戻ってきた。知床五湖から先はマイカーの乗り入れが規制されているため、カムイワッカ方面へ向かうにはここでシャトルバスに乗り換える必要がある。夏休みシーズンは20分おきにバスが出ており、このふれあい号もここからシャトルバスの一便となる。バスは補助席まで含めて満員になった。まずは知床大橋までへ行ってみることにしよう。バスはさらに奥へと進み、知床五湖が近づくとマイカーの車列で渋滞になっていた。これならマイカーは規制されても無理はない。バスは半ば強引に反対車線を進み、知床五湖に向かう人をここで降ろす。一般車両が乗り入れられないように閉ざされたゲートを通過すると、その先は未舗装の道だった。バスはガタガタとダート道を進んでいく。いよいよ秘境に入ってきた感じである。カムイワッカまでは約12キロとのことだ。
オホーツク海
道路は狭くバス同士のすれ違いはできない。ところどころ交換するスペースが設けてあって、無線で連絡を取り合いながら行き来していた。足場の状態はあまりよく見通しの悪いカーブも続くのだが、バスは意外と飛ばしている。落石の危険があるとのことで、終点の知床大橋での下車はできなかった。やむなくカムイワッカで降りることにする。カムイワッカ湯の滝へは道がないので、の中を進んでいかなければならない。もちろん自分にはそんな元気はないので(笑)、ここから様子をみるだけにするのだが、先へ向かう人は水着に着替えていた。あまりにも人が多いので落ち着かないが、ふと周囲を見回すと自然に取り囲まれている。できればもっとのんびりしたいと思った。自然センターへ戻るバスを待つ人の列も長く続いており、うんざりしてしまったが、バスに乗ったまま知床大橋を折り返してくるだけなら可能とのことなので、逆方向のバスに乗ることにした。わずかばかりであったが、工事中のがけ道を進み、知床大橋のバス停からちらっとだけ橋の姿を見ることができた。
知床五湖
再び満員のバスに乗り、知床五湖まで戻ることにする。携帯電話のアンテナは圏外を示したままだ。知床の景勝地は知床八景と呼ばれていて、ここ知床五湖もそのひとつに数えられている。その名の通り五つのがからなっており、確か1~2時間くらいで一周できるはずだ。最初の一湖二湖だけみて引き返すだけでも十分楽しめると案内されてるが、時間はたっぷり余裕があるので順にひとつひとつ見てまわることにした。遊歩道を進むとすぐに一湖へたどり着く。といってもそんなに大きくなく、池のような感じである。次の二湖が一番大きいく、山々をバックに見る景色も素晴らしい。を半周ほど周回し、多少上下アップダウンした歩道を抜けると次の三湖へと出てくる。三湖もまた面積が広く、周回する道をしばらく進む。ここまで来るとすれ違う人の姿もまばらになり、熊が出ると警告が出てるくらいである。三湖を離れてしばらく山道を歩いていくと茂みの向こうに四湖が見えてきた。ここまででもっとも奥まったところにあり、ひっそりとした感じがなかなかいい。最後の五湖には周回できる道がなく、やや入ったところまで進まないとのほとりへは行き着かない。しばらくここで休憩して、バスの乗り場まで戻ることにした。
知床五湖
シャトルバスには往復の乗車券を持っていれば途中下車が自由にできるので、何箇所か見てまわるのに便利だ。知床五湖からは多少無理して満員のバスに乗り込んだ。狭苦しい補助席だが、まぁ時間にして数分のところなので別に気にする程のことでもない。知床自然センターでは、知床の自然を紹介した映像などが流されているのだが、それが目的ではない。とはいえ、ここでちょっとした食事ができるので、やや遅めの昼食をとることにした。建物を出て裏手を行くとプレペの滝が見える場所へ抜けられる。森の中の道を下っていくとやがて開けたとこへ出てくる。緩やかな丘が続き、後方の知床の山々と青空のコントラストが何とも見事だ。ところどころに鹿の姿も見て取れる。警戒する様子もなく何とものんびりとした雰囲気だった。海近くの断崖絶壁にある展望台からはプレペの滝をのぞき見ることができるようになっていて、ここでも息を飲むような絶景を目にすることができる。時間が過ぎていくのが惜しく感じられるが、あまり長居はしないようにして引き返すことにした。何もない一本道をしばらく進み、あらためて自然の中にいることを実感する。こんな素晴らしい風景に出会えたことに感謝の気持ちさえ沸いてきた。わざわざここまで来たかいがあるというものである。
知床五湖
シャトルバスのうち何本かはウトロに向かう便がある。タイミングを合わせ、それに乗って戻ることにした。さらに知床斜里方面へ直通する路線バスになるのもあり、ちょうどいま乗っているのがそれなので、時間もあるしオシンコシンの滝を往復しておくことにした。車内で乗り越し精算を済ませ、15分程してバスを降りる。ウトロから向かってちょうどトンネルを出たところにがあり、外へ出ると流れ落ちる水の音が響き渡っていた。下から見上げる滝の姿は圧巻で、多くの人が記念撮影に興じていた。少し坂を上ると、水が上から落ちてくる姿を目の前にすることができる。いやぁ、これもまた実に素晴らしい。気がつけば、無心になってしばらくボーっとしている自分がそこにいた。そうこうしてるうちに小一時間過ぎて、通りの向こう側へ渡りウトロへ戻るバスを待つことにした。オホーツク海はキラキラ輝いている。その先からバスが定刻でやってきた。
プレペの滝
今日何度目になるか分からないが、ウトロのバスターミナルに降り立つ。結局、今日の観光船は全便欠航だったようだ。日は西に傾きかけてきたが、まだまだ夕方といった時間でもないので、最後にオロンコ岩へ寄ってみることにした。観光船の乗船券売り場の前を通り、港へ向かうトンネルの手前を曲がった脇に上り口がある。上の方を見上げるとかなり急な階段が延々と続いている。気がつけば今日は結構な距離を歩いており、足に疲れも感じていたが、意を決してに登ることに決めた。手すりがあるからいいものの、この急坂の階段は結構怖いものがある。どれくらい登ってきただろうか、ようやく頂上へたどり着いた。既に何人かの人がいたが、遠くの景色を楽しんでいる様子だ。遠く広がるオホーツク海の大海原、青々とした知床連山、この景色を見れただけで十分に苦労して登ってきたかいがある。しばらくボーっと景色を眺めながら、あがった息が落ち着くのを待った。
プレペの滝
オロンコ岩から下りてきて、一応港の方へ行ってみることにした。恨めしいが停留された観光船の姿を遠くから眺める。そうだ、明日朝一の硫黄山コースなら、ウトロを出る前に乗る時間があるはずだ。今日一日で目ぼしいところは全て回ることができたので、明日はその作戦でのぞむことにした。さて、予約していた温泉宿へ向かうことにしよう。ここからだと多少距離があり、疲れた足を引きずりながらだらだらとした坂を上っていかなければならないのだが、充足感のせいかまったく苦にならなかった。
知床の雄大な風景
チェックインを済ませたものの、何かやり残した感じがしていた。まだまだ外は明るいので、そこらを散策することにした。大きなホテルが立ち並ぶ中、何もないなぁ~と思いながらもふと裏手の方へ入ると鹿が普通に"生息"している。地元の人に聞いてみても、あぁ、珍しくないですよ…くらいの返事しか返ってこない。そうこうしているうちに、やり残したと感じる理由がふとひらめいた。知床八景のうちのひとつ、夕陽が望める場所がすぐ近くにあるではないか。それもちょうどいま、これからクライマックスを迎える時間だ。少々慌てながら展望台の方へ向かうと、多くの人が傾きかけた夕陽をじっと見つめているところだった。どこぞの取材らしきカメラも据えてある。既にいた人たちの邪魔にならないように、適当なポジションをキープする。運よく文句の付けようもないほど、絶好の好天である。最初は眩しく感じられたが、徐々に赤みを増してきて立派な夕陽となり、最後は夕焼けのオホーツク海へとスーッと吸い込まれていった。はぁーっというため息にも近い声があちこちから聞こえてきた。大げさかもしれないが、もし一人でこんな景色を眺めていたら、涙ぐんでしまったかもしれない。最後の最後にこんな演出が待っていたとは…。
オシンコシンの滝
ひとしきり感動したあと、ふと現実に戻り腹が減っていたことに気がつく。まぁ、人間そんなもんである。直感的にホテルの飯はいまいちのような予感がしたので、先程裏手で気になっていたお店に立ち寄ることにした。まだ席に余裕はあり何気なくカウンター席に座る。こういうときは定番パターンがベストと信じ、鮭とイクラの親子丼(?)に"ほっけ"を注文する。待ってる間にぞろぞろと人がやってきて、気がつけば満席になっていた。仕舞いにはもう入れません、という状態になり、タイミング的に運がよかったかもしれない。たまたま横に座った人と軽く会話を楽しむ。あれこれ注文を入れるものの、知床という土地を考えると、う~ん、ちょっとそれは違うんじゃない?といった感じのリクエストが続く。もちろんそんな失礼なことは口にはできないが、そのうち自分が頼んだものが目の前に出てきた。思わず自分でも微笑んでるのが分かったが、お隣さんも「うまい注文するね、、、」となぜか関心した様子。その反応は事前に読めたのでちょっと優越感に浸る。もちろん、味もボリュームも文句の付けようがない。おまけに「ホテルのメシがいまいちでさぁ、思わず外へ出たんだよ、実はこういうお店がよかったりするんだよな…」という言葉に、やっぱりな…と心の中でつぶやいてしまった。最後にオホーツク海の流氷を使って熟成させたというお酒までご馳走してもらってしまい、今日の晩飯は"完全勝利"だった。
オロンコ岩
宿に戻りひと風呂浴びて外へちょっとだけ外へ出てみた。空を見上げると煌々と満月が照らしていた。なので、残念ながら降ってくるような星空ということにはならなかった。それでも目ぼしい星座は確認ができる。童心に戻ってしばらくそんなことをしていた。宿の部屋にも、夜の自然と星空を楽しむバスツアーの案内がありちょっと惹かれたのだが、さすがに疲れていたのでそれは見送ることにした。今朝は観光船の欠航でどうなってしまうかものと思ったが、もともと1日半かけて回ろうと考えてた場所よりも多くのところに行けたので、とりあえず満足である。名残惜しいが今夜はこの旅最後の夜である。
夕陽台
  6日目
ルート概略
【寄ったところ、乗ったもの】※詳細はこちら
ウトロ港、知床観光船、斜里バス、羅臼、阿寒バス、釧路、釧路空港
長かった今回の旅もいよいよ最終日となった。昨日のリベンジで観光船に乗れないか考えてみる。知床岬航路は諦めざるを得なかったが、一時間半コースの硫黄山航路なら朝一の便で余裕のうちに戻ってこれる。出航するかどうかは、ホテルにも朝7時頃に連絡が入るとのことなので、早速確かめることにした。特に告知が出てなければOKとのことだが念のためフロントの方に聞いてみると、今日は出航とのこと。結局昨日のシケは治まらず、おまけにこの人出なら朝から混むはずだ。事前の予約は受けてなかったので、早めに朝食を済ませまずは切符をキープすることにした。窓口が開く前に着いたものの既に人の列ができている。どうやら知床岬航路のキャンセル待ちのための列のようだ。前売りをするというアナウンスは積極的に行っていないが、団体客や大手の旅行会社相手に前売りをしているようで、一般の飛び込み客はこうして朝一にでもキャンセル待ちで並ばないと切符が買えないらしい。隣の会話を聞くと、この時間の待ち番号なら大抵乗れるとのことだったが、もしそうなら昨日バスで到着した時間だと乗れない可能性が強いわけだ。まぁそれはそれとして、とりあえず8時15分出航の便の切符を買うことができた。
知床観光船・おーろら号
オーロラ号と名づけられたこのは、実は流氷観光向けの砕氷船であり、この時期はオフシーズンである。そこで知床見学のために出稼ぎしているという言い方が正しいのかもしれない。そのオーロラ号もI号、II号と2艘あって、多客期は2艘フル稼働となるようだった。早めに切符が買えたので船に乗って出航を待つことにした。前出の通り二日間足止めをくらったこともあってか、次々と人が乗り込んできてあっという間に満員となった。お隣のI号にも次々と人が乗り込んでいくのが見て取れた。やがて観光船はウトロ港を出航した。(後日談:流氷観光の様子については、こちらの旅日誌もご覧ください。紋別から網走へまわったときの様子をまとめてあります。)
知床連山
今日は波も穏やかで観光船はほとんど揺れを感じなかった。最初は知床連山の姿がくっきり見えていたが、山頂付近に雲がかかりだし始めると見る見る雲が増えていった。ここらの地形は山が海にすぽんと海に落ち込む形になっており、海からは断崖絶壁を見上げる格好になる。所々は昨日歩き回ったはずなのだが、こうして海側から見るとまるで違った景色になっており、ちょっと不思議な気分になった。風雨で侵食され穴があいたような場所になって海に落ち込む川、遠くに連なる山々、海の色はエメラルドブルーでとても神秘的な景色が続く。魚を採る場所なのだろうか、ときどき陸地から離れる格好で船は蛇行して進む。時折、小型のクルーザーが追い抜いていったが、あちらはライフジャケットを着ての見学で、大きく上下に揺れながらの航海のようだ。どちらがいいかは人それぞれだと思うので、別にどうこういうつもりはないが、昨日あのまま観光船にも乗れずに帰ることにならなくて本当によかった。ちょうど知床大橋のあたりで折り返しとなるのだが、片道45分は正直短すぎると感じてしまった。この先はさらに秘境度が増してくると思うが、ちょっと後ろ髪を引かれる思いだった。
オホーツク海へ流れ落ちる滝
風も穏やかなので、復路は外に出て景色を楽しむことにした。朝の日差しが眩しいが、頬を伝う風がとても気持ちいい。帰りも断崖を見ながら同じルートを戻ってくる。いよいよ知床の風景も見納めとなってきた。一時間半の往復は本当にあっという間であった。ウトロ港に戻ると、既に10時の知床岬航路を待つ人で長い列ができている。駐車場にも数多くの観光バスがとまっていた。多少羨ましいが仕方ない、今回はこれで引き上げることにしよう。ところが、昨日頑張ってしまったせいもあってか、ここで一気に時間が空いてしまった。何となく港のあたりをウロウロしてみたりして時間をつぶすことにする。ウトロの近くは奇岩も多いが、やっぱい一番有名なのはゴジラ岩だろう。これは説明を受けなくてもすぐに分かる。ゴジラ岩のたもとに温泉が沸いていてゴジラの手湯と出ていた。ちょっと手をかざしてみると、確かにあったかい温泉だった。どれくらいぷらぷらしただろうか、お土産屋さんに寄って小物を買ったりして、最後に早めのお昼を済ませておくことにした。先は長いし昨日の晩飯のこともあったので、最後くらいはウトロで食事をしておきたい。
オホーツク海に面した奇岩
道路沿いのお寿司屋さんにぷらっと入ってみる。折角なので地のものを握ってもらうことにした。まだお昼時には時間があり、明らかによそ者と見えるので何となく相手をしてもらいながらいろいろと試すことになった。どう、こんなの食べたことないでしょう?折角だもんね…といった具合で、知床の締めもまた文句なしだった。幸せ気分でバス乗り場に向かい、次のバスを待つことにした。今日はここから知床峠を越えて羅臼方面へ抜ける予定である。昨日とはうって変わって、ここから羅臼へ向かうバスにはほとんど人が乗ってこなかった。もし昨日コースを変更してなければ、知床峠もこのバスでただ通り過ぎるだけであった。標高が上がってくるにつれガスがかかってきて、最後は霧でほとんど何も見えなくなってしまった。それでも一人バスを降りていったが、これじゃぁ何をしに来たのか分からないだろうに…。昨日は観光船が欠航して運が悪いと思ったが、いま考えれば運はつきまくっていたかもしれない。予定より余計に多くの場所に回れたし、コースは短くなってしまったものの観光船にも乗れたし、そもそも昨日出航してて既に満員で乗れなかったような気もするし、まぁ結果オーライということだろうか。
おーろら号からの眺め
知床峠は文字通りサミットであり、あとはひたすら下りの道が続く。峠付近でかかったガスはなかなか晴れる気配を示さず、羅臼側の天気はここまできた北側とはまったく違うものだった。何となく街中に戻ってきた感じがしたところで、バスは終点の羅臼営業所へと到着することになった。バスが数台止まっており、今日はここからひたすら釧路を目指すことにしている。普通ならここから釧路まで乗り通すことなどないだろうが、乗車券を買って長丁場の乗車となる。狭い道を海岸沿いまで出てきたものの、何となく寂れた風景が続きあまり観光地という感じではなかった。オホーツク海側の晴天がまるでウソのように、こちら太平洋側の天気は暗い曇天だった。弱い雨も降り出したようで、海の向こうにはかすかに国後島が見えた。島と言うよりも対岸の大陸のようである。ほとんど貸切の状態でバスは進んでいく。そんな感じなので、バス停を無視してフリー乗降区間が多く設定されていた。標津まで来たところで海岸線に別れを告げ一路内陸へと向かってバスは進む。原野のような景色もまた北海道であることを実感する。中標津のバスターミナルで休憩のため10分ほど停車する。ここも鉄道から見放されてしまった街だが、小ぎれいな街並みがしばらく続く。それもつかの間、やがて何もない風景とかわり、多少アップダウンを繰り返しながらひたすらバスはまっすぐ進んでいた。ミルク街道と名づけられたこの道は、何もない北海道らしい一本道として紹介されることもあり、何と表現したらいいか、本当に何もないところだった。
知床半島
放っておけば何時間でもボーっと車窓を眺めていられる性質(たち)なので本人も自覚がないが、普通の人ならこんなにヒマな時間を過ごせるはずもないと思う。まぁそれはどうでもいいとして、別保という地名の場所がこの道の終点のような形になっていた。T字路を右折し、ようやく釧路が近づいてきたことが分かる。時折花咲線の線路が見えるが、もちろん列車の姿をみることはなかった。自分でも自覚しているが、いつもなら「あっというまの○時間であった」と書くところかもしれないが、さすがに今回はそういう感じでもなかった。最後に釧路駅が近づいたところでバスは右に曲がったり左に曲がったりを繰り返し、大きな病院の正面へ入るなどしてあちこち寄る形になった。JRを交差する陸橋を越えたところで、目的の釧路駅へと到着した。いやぁ、これは本当に長かったかもしれない。
ゴジラ岩
釧路駅へ来たのは何年振りだろうか。少しだけの中をのぞき見ておく。いよいよ今回の旅も大詰めとなったが、このすぐ近くにある和商市場というところへ向かうことにする。建物の中に入ると、北海道らしい魚介類を中心に売るお店がひしめき合っているのだが、有名な勝手丼を試すことがここへ来た目的であった。ルールは簡単、奥のお店で丼に白いご飯を買って、自分が気に入ったものをそれぞれのお店でトッピングしてもらい、その分だけお金を払うというやつである。お昼が早かったこともあり、早速気合を入れて回ることにした。実は前々からこれをやってみたかったので、念願叶ったと言ってもいいかもしれない。値段のことはあまり考えなかったが、それでもちょっと高いお店でちらしを頼む気になればさほど気になる値段でもなかった。それどころか、ネタは新鮮だし、まさにいま自分が食べたいものをその場で選べるわけだから、それを考えると安いくらいかもしれない。一通り見てまわったあとで、あるお店の兄ちゃんとおばちゃんと話をしながらネタをチョイスした。最後に、はい、おまけ!と言ってぽんぽんといくつかのせてもらう。そんな掛け合いもまた楽しいものだ。市場の真ん中にある席に座って、いま選んだものをまさにかきこむ。いやぁ満足この上ない。白状すると、知床の帰りにわざわざ遠回りして釧路に寄った理由が実はここにあった。
国後島
最後の締めくくりというのも何度目になるか分からないが、本当にこれで最後となった。次のバスを待つ間、ノロッコ号釧路駅へ到着するのが分かった。まずい、そんなものを見てしまうともう一泊したくなってしまうではないか…。(後日談:ノロッコ号の様子についてはこちらの旅日誌をご覧ください。)それはそうと、気を取り直して釧路空港行きバスに乗り込む。何のことはない普通のバスであるが、やっぱり帰るのがとても惜しい気分だ。しばらく根室線沿いの国道を行って大楽家という駅の前を右折する。日も傾いてきて暗くなりつつある。街外れにやってきた感じがするのは、空港が近づいてきたということでもある。何もない大きな風景もいよいよ見納めである。できるだけ早く飛行機が予約できればそれだけ割引率が高いわけだが、いつもギリギリになることが多く今回も正規の運賃を覚悟していたが、割安のクラスJが1シート分だけ残っていたので迷わずそれ押さえていた。不思議にも正規の普通席より断然安い。いままで試そうと思っていたが、なかなかそのチャンスがなかったのでいい機会になった。国際線のビジネスクラスとはいかないまでも、この座り心地は悪くない。プラス1000円程度なら値ごろ感も悪くない。うわさによるとANA便も同じようなことを考えているらしいが、ぜひ実現して欲しい。ところで、、、国際線のビジネスクラスに乗ったことがあるって??もちろん、そんな経験したことはない。(後日談:これについては急転直下、ちょっと状況がかわりまして、、、こちらの旅日誌をご覧ください。)
釧路駅 釧路空港