■旅日誌
[2006/8] 行く夏を惜しんで~川根路
(記:2006/9/2)
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旅日誌にするほどのネタでもないのですが、8月最終週の週末に大井川鉄道のSLに乗ってきました。SL復活運転から30年、この夏は日に3便も運転される日もあり、何かと賑やかだったとききました。レトロな客車に揺られ、生でSLの汽笛を聞いたときは何とも例えようのない幸せな気分になりました。
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 日帰り
ルート概略
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しずてつジャストライン井川線、井川湖、大井川鉄道井川線、大井川鉄道SL急行
お仕事で夏休み返上といいながらも奄美遠征があったおかげで、気持ち的に抑えが利かずいつものように無理してお出掛けというわけでもなかった。特に理由はないが、何となく8月最後の週末を使って大井川鉄道を訪問してみることにした。ざっと見積もっても日帰りで十分行けそうである。まずは新横浜から新幹線で静岡へ向かう。今となっては新横浜と静岡の両方に停まってくれるひかり号は全滅に等しいのでこだま号を利用することになるのだが、1時間に2本と微妙な本数である。所要時間は1時間くらい、といってもダイヤ改正のたびに増発されるのぞみのあおりをくらいこだまの通過待ち回数は増える一方である。のぞみ優先にしてスピードアップが図られたというわりに、静岡あたりは逆にサービスダウンになったというのはよく聞く話だ。地元としては不満をいいたくなる気持ちも理解できる。
大井川鉄道・C11-190
自由席もそこそこ席は埋まっており、端っこの1号車まで行って2人掛けの席を確保する。朝食をとりながらしばしくつろぐ。それにしても、これだけ追い抜かれると、走ってるのか停まってるのかよく分からなくなる。折角のお休みだし、まぁその辺は気持ちを大きく持つことにする。静岡で降りてみると北口の地下街は大きく工事を行っていた。今日は往路でバスを利用することしているが、ちょっと時間があるので新静岡センターまで歩いて行ってみる。遠回りしながら静岡鉄道がやってくるのをチラッとみてからセンターでバスを待つ。ここから乗り込むハイカーも他に何人かいるようだった。車内に持ち込める荷物は10キロまでと制限があり、それを越えると料金がかかる。チェックに係りの人が来たと思ったら、結局バスガイドというか車掌のような形でこのバスにアテンドすることになった。
大井川鉄道・井川線
JRの静岡駅のバス停から乗ってくる人の方がはるかに多かった。ここでも荷物の重量チェックを行ったりと、ひとしきり時間がかかってしまう。ピーク期にはもっと多くの人の利用があり増便もされてるようだが、定期便は日に1往復まで減便されオフシーズンは寂しいらしい。バスは駿府城跡にそびえ立つ県庁などを見ながら市街を進んでいく。どうもこのバランス感覚の無さが個人的には許せない。やがて街中を抜け安倍川沿いに上流の方へと進み、工事中の第二東名や段々状に連なるお茶畑などをやり過ごしてく。気がつくとずいぶんとのんびりとした風景に変わっていた。あるところまで来て県道を左折し安倍川を渡ると、徐々に山深くなってくる。道はますます狭くなってきており、観光バスタイプの大型バスでも大丈夫なのだろうか?普通の乗用車でもすれ違いが難しくなってきたようなところを更に先へと進む。
静岡鉄道
途中、横沢とかいう場所で1回小休止が入る。周囲は山ばかりで、ただバスが停められるスペースとトイレ施設、それに小さな売店らしきものがあるだけで近くには何もない。それもおばあちゃんがひとりでのんびりと店番をしてるような、何とものどかというか平和そのものだった。ふと携帯に目をやると「圏外」を示している。しかし、これでも住所は静岡市のままである。一体どんな場所なんだ、ここは。道幅は十分に狭かったが、更にここから本格的な山岳路線になるとのこと。ドライバーも相当神経をつかうだろうなぁ~なんて考えていたら、向こうから大型の観光バスと鉢合わせになってしまった。ガイド役の先導がついたからいいものの、くねくね曲がった坂道を何十メートルもバックで下り、どうにか向こうのバスとその後ろで数珠つなぎになっていた車十数台をかわしていく。標高は千メートルくらいだろうか、ガスってきて遠くの景色がよく見えない。富士見峠を越えしばらく下りると、ちらっと井川湖が見えてきた。
横沢
例の係りの方が車内をまわって精算を済ませることになった。この先の登山計画の記入依頼や帰りのバスの案内(所要調査?)など、ガイド役が必要な理由が何となく分かった。トンネルを抜けるとダムを堰き止める壁は道路になっており、井川駅の方へと渡っていく。確かにここも一度来たことがあるのだが、大雪の影響でバスが運休になったのも納得できた。バスは10分くらい遅れていたようだったが、それ相応に余裕を持たせてるのだろうか、井川駅に着いたときは不思議と早着のような感じで2回目の小休止となった。とりあえず、変化のある楽しい路線だと思う。今日はここから大井川鉄道を乗り継いで下っていくことにしている。夏季シーズンの増便がすぐに出て行くところだったが、とりあえずこれは見送ることにしての方へと向かう。前回は真冬だったこともあり、本当に人の姿はなかったが、今日はまぁそこそこの人出である。それでもダム湖の周りはとても静かで、どことなく気持ちが和む。をみながら、バスに乗る前に買っておいたお弁当でお昼にする。時間に追われる日々の喧騒がまるでウソのようだ。
井川ダム
電力館をひとまわりしたあと、のんびりしすぎないように注意して井川駅へ戻ることにした。小さいながらも、食堂もお土産を売る出店もとても賑やかだった。先程の臨時便に比べると人の数は少なく、車内は空いていて右側と左側を自由に行き来できるくらいだった。客車も以前のときと比べて何となく余裕があるような気もする。扉は手動式なので車掌が走ってみてまわり、トロッコ列車は、ゆっくりと井川駅を出発した。車輪をキーキー軋ませながら、蛇行する大井川の渓谷に沿って列車は進んでいく。いくつかある見どころポイントで案内が入り、徐行して風景を楽しむことができる。目もくらみそうな峡谷にそびえ立つ鉄橋、鹿がのんびりとこちらをみている様子、珍しく日本カモシカが崖に現れたことなど、車窓は飽きることなく変化に富んでいる。長島ダムの建設が決まったことでこの井川線の路線も一部湖底に水没することになってしまい廃止話まであがったが、適当な迂回ルートがないためアプト式の電気機関車のサポートを借りて急勾配を乗り切る路線を作ることで存命が決まったのは有名な話である。ダム建設の見返り事業だったことには違いないが、列車以外の地元の足が十分でなかったのも理由のひとつだろう。とにかく、観光資源としてもこんな素晴らしい場所はなかなかないので、残ってよかったと思う。
大井川鉄道・井川線
奥大井湖上駅を過ぎて、旧線を遠くに見ながらレインボーブリッジをわたっていく。長島ダム駅で上下交換を行い、列車を引っ張り上げてきたアプト式電機機関車は、今度はこちらを下へと導いてくれる。付け替え作業を見守ったあと列車は再び出発する。電機機関車の助けを借りながら、日本でも他に類を見ない急勾配を進んでいく。遠くからみるとまるでジェットコースターのようである。アプトいちしろ駅で機関車を切り離して、トロッコ列車はラストスパートにかかる。終点千頭駅まではもうあとわずかだ。
大井川鉄道・井川線
千頭に到着すると、既にSL急行は出発を待っていた。歴史を感じさせる客車が何両もつながっている。今日引く機関車C11-190機非番のSLはおとなしくして寝ている。メールで予約しておいた指定席券を購入し、早速車内に乗り込む。最古参の客車は昭和十年代から活躍しているという。木の床とやや硬い座席、きゃしゃな網棚、ほのかな油の匂いもまたいい。ひとつ残念なことは、大井川鉄道には回転台がないため、上り金谷方面へ向かう列車は機関車が逆向きに付けられており、丸い釜を先頭にした姿は見ることができない。それでも間近で聞くSLが奏でる生の汽笛音は哀愁を帯びてて何とも郷愁を誘う。シュッ、シュッ、シュッ、シャーっと蒸気音を立てて機関車は力強く客車を引いていた。川根路の風景はそんな雰囲気にとてもマッチしている場所だった。
大井川鉄道・SL急行
今のこの時代から考えると、タイムスリップをしたかのような光景はまるで夢をみてるようだった。最近のドラマや映画でSLが登場するシーンがあれば、ここで撮影されたと思ってまず間違えない。手を振る子供も多く、沿線の人の多くがこちらを見ているのがよく分かる。急がず慌てず、程よいペースで列車は進んでいく。ベテラン車掌の名調子も尽きることなく話が続く。冷房はないので窓は開けっ放しであるが、大井川沿いの風が心地よい。いくつかトンネルを通過するせいか、燃えかすの石炭がススとなって車内にも入ってくる。だからといって文句を言うような人もいない。乗ってる人の表情は不思議とみな一様に穏やかだった。今日のように長い編成となるとELの"後押し"も必要となってしまうが、少しでも長くこの状態を保って欲しいものと本当に祈るばかりである。
大井川鉄道・SL急行
あっという間に、金谷に到着してしまった。余韻に浸る間もなくSL急行金谷駅を引上げていってしまった。こうなると今日はもう帰るだけである。つい先日も富士号で通ったばかりなので、沿線は見覚えのある風景が続く。今日はどちらかというと天気はよくなかったので暗くなるのが早く感じられた。8月も過ぎていこうとしているが、黙っていても秋の気配はそこまでやってきている。ヒグラシの声を聞きながら、そんなことを考えてしまう夕暮れどきだった。
大井川鉄道・SL急行